難易度 ★★☆☆
症例
72歳男性。高血圧と脂質異常症で通院中。約1時間前から突然の胸痛と冷汗が出現し、救急搬送された。来院時、血圧90/55 mmHg、脈拍約50回/分であった。以下の12誘導心電図を示す。
12誘導心電図

この心電図の診断は?
A. 第2度房室ブロック(ウェンケバッハ型)+急性下壁心筋梗塞
B. 完全房室ブロック+急性前壁心筋梗塞
C. 完全房室ブロック+急性下壁心筋梗塞
D. 洞性徐脈+急性下壁心筋梗塞
正解 完全房室ブロック+急性下壁心筋梗塞
この心電図のポイント
① P波とQRS波がバラバラ
② ST変化がある
解説
この心電図では、P波とQRS波が独立して出現する房室解離に加えて、II・III・aVF誘導のST上昇と、I・aVL・V2~V4誘導のST低下が認められます。これらの所見から、完全房室ブロックを合併した急性下壁心筋梗塞が最も考えられます。
① 完全房室ブロックを認める
完全房室ブロック(第3度房室ブロック)は、心房から心室への興奮伝導が完全に途絶えた状態です。正常な洞調律では、洞結節から発生した興奮が心房を伝わり、房室結節、ヒス束、脚、プルキンエ線維を経由して心室へ伝導します。そのため、通常はP波に続いて一定のPQ間隔(PR間隔)でQRS波が出現します。

しかし、完全房室ブロックでは心房興奮が心室へ伝導しないため、心房と心室がそれぞれ独立したリズムで興奮します。この状態を房室解離と呼びます。

本例では、P波とQRS波の位置関係が拍ごとに変化しており、一定のPQ間隔が認められません。また、QRS波は比較的狭く、心室拍数は約50回/分であることから、房室接合部付近からの補充調律が考えられます。

ただし、房室解離は完全房室ブロック以外でも認められるため、診断には心房興奮が心室へ伝導していないことを確認する必要があります。
② II・III・aVF誘導でST上昇を認める
急性心筋梗塞では、冠動脈の急性閉塞によって心筋虚血が生じ、障害された心筋の部位に対応する誘導でST上昇が認められることがあります。本例では、II・III・aVF誘導にST上昇が認められます。

これらの誘導は心臓の下壁を反映するため、急性下壁ST上昇型心筋梗塞が強く疑われます。下壁心筋梗塞の責任冠動脈は、右冠動脈(RCA)または左回旋枝(LCX)です。特に右冠動脈が責任血管となることが多く、III誘導のST上昇がII誘導より大きい場合や、I・aVL誘導に対側性ST低下を認める場合は、右冠動脈閉塞を示唆します。

③ I・aVL・V2~V4誘導でST低下を認める
本例では、下壁誘導のST上昇に加えて、I・aVL・V2~V4誘導にST低下が認められます。I・aVL誘導のST低下は下壁誘導のST上昇に対する対側性変化(reciprocal change)として説明できます。
急性下壁心筋梗塞では、II・III・aVF誘導でSTが上昇する一方、電気的に反対方向から心臓を観察するI・aVL誘導ではST低下が生じることがあります。また、V2~V4誘導のST低下は、下壁梗塞に伴う後壁(現在の解剖学的表現では主に下側壁)への虚血の広がりを示唆することがあります。

特にV2~V3誘導のST低下は後壁梗塞の鏡像変化として知られています。必要に応じてV7~V9誘導を追加することで、後壁領域のST上昇を確認できる場合があります。ただし、前胸部誘導のST低下だけで後壁梗塞の合併を確定することはできません。
④ 下壁心筋梗塞では房室ブロックを合併しやすい
急性下壁心筋梗塞では、房室結節への血流が障害されることで房室ブロックを合併することがあります。房室結節動脈(AV nodal artery)は、右冠動脈優位の心臓では通常、右冠動脈から分岐します。そのため、右冠動脈が閉塞すると房室結節への血流が低下し、房室伝導障害が生じることがあります。また、下壁心筋梗塞では迷走神経活動の亢進も房室伝導障害に関与します。
下壁心筋梗塞に伴う完全房室ブロックは、房室結節レベルで生じることが多く、QRS幅が狭い補充調律を示す傾向があります。
さらに、再灌流によって房室伝導が回復することもあり、前壁心筋梗塞に伴う完全房室ブロックと比較すると、一過性であることが多いとされています。
一方、急性前壁心筋梗塞に伴う完全房室ブロックは、ヒス束以下の広範な刺激伝導系障害によって生じることが多く、幅広いQRS波や遅い補充調律を伴い、予後不良となりやすいことが知られています。
他の選択肢が違う理由
A. 2度房室ブロック(ウェンケバッハ型)+急性下壁心筋梗塞
ウェンケバッハ型2度房室ブロックでは、PQ間隔が徐々に延長した後にQRS波が脱落します。その後、PQ間隔が短縮して房室伝導が再開します。本例では、P波とQRS波が独立して出現しており、このような周期的な房室伝導の変化は認められません。
B. 完全房室ブロック+急性前壁心筋梗塞
完全房室ブロックは認められますが、ST上昇を認める誘導が異なります。急性前壁心筋梗塞では、主にV2~V4誘導でST上昇が認められます。本例ではII・III・aVF誘導でST上昇を認めるため、急性下壁心筋梗塞が考えられます。
D. 洞性徐脈+急性下壁心筋梗塞
洞性徐脈では、通常すべてのQRS波に先行して洞性P波が認められ、PQ間隔は一定です。本例ではP波とQRS波が独立して出現しており、単純な洞性徐脈では説明できません。
